火織譚〔ほおりばなし〕1話――蒼丞

 近年、ずいぶん蒸気船が増えた。

 生きて国に帰れる船員も多くなった。

 商船の中継ぎの国、火織国の夢岸[ゆめぎし]港はいままでにないほどの活気を呈している。

 そこらを見渡しても、誰が火織人の人夫で誰が異国の船乗りなのか、一目では見分けがつかない。

 火織王朝三百余年の歴史の中で、帰国の見込みがなくなりこの地に骨をうずめた異国人も数多い。

 家系を辿ると西方人に行きつく火織人もざらだ。

 喧噪の中にあって、彫りが深く、鋭い曲線の眉と鼻を持った「火織人らしい」顔だちをした人夫が親方に使い走りを命じられた。

 名を蒼丞[そうじょう]といった。

「『支茂瀬[しもせ]のさくら』ですか。初めて聞く名ですが」

「お得意様ってわけでもないからな。それにあの貧民窟にお前をやるのは初めてだろう。蒼丞、向こうに着いたら握り飯でも食って精をつけろよ。おい、三つくれ!」

 親方は握り飯の売り子に銅銭を三枚渡して、わざとらしく間を置いてからもう一枚銅銭を余計に握らせた。

「よく頑張ってるな」

 そう声をかけられて、売り子の愛想が良くなったのはいうまでもない。

 肌のよく焼けた、十三の年かさの少年は、鶏が多く入っている握り飯を選り分けてくれた。

 蒼丞は無精ひげを撫で、

「客先は支茂瀬で道を尋ねれば分かりますよね?」

「おう。しかし、お前は本当に身軽だよなあ。そこの太っちょにも見習わせてやりたいよ」

 太っちょと呼ばれたもう一人の人夫は、にこにこしながら、

「何をおっしゃいます、手前は勘定の腕前なら随一ですよ。蒼丞の馬のような脚のほうがどうにかしてるってものです」

「そうなんだがなあ。寛光[かんこう]、お前はもう少し腕力をつけたほうがいい。蒼丞とお前、足して二で割ればちょうどいいのになあ」

「またその話ですか」

 親方と二人の弟子は豪快に笑った。

「それじゃ、ひとっ走りしてきます」

 親方の返事も待たず蒼丞は駆けていった。

「しかし頑丈な男だ。つくづく、荒くれもののまま放っておかなくてよかったよ」

「ねえ、いい加減教えてくださいよ。どうやって蒼丞の心を入れ替えさせたんです?」

 親方が言葉を継ごうとした時だった。

「いまこそ民主革命を!」

 民革軍の若者が港の守衛に取り押さえられていた。

「貴君ら、目を覚ませ! いつまで安穏としているつもりだ!」

「静かにしろ! おい、縄を!」

 若者は後ろ手を縛られ、なおも何か叫びながら連行されていった。

 港の人夫たちは束の間静まり返ったが、すぐ何もなかったかのように働き出した。

「また馬鹿が一人捕まったな」

「ええ、親方、本当に馬鹿な連中ですよ。私ゃ何度でもいいますがね、あいつらは統君[とうくん]陛下の御下賜金で西方に学びに行って、馬鹿になって帰ってきやがった。陛下の御恩を仇で返すとは無礼なんてもんじゃない。陛下のご治世を乱すいわれなんてないのに、ですよ? 『焼き魚を煮崩れさせる』とはよく言ったもんだ」

 親方は、紙巻の船乗り煙草に火をつけて「その通りだ」といって煙を鼻から吐き、

「じゃあ、俺も何度でもいってやる。なぜお前らを民革軍の手先と疑わずに弟子に取ったと思う?」

 寛光は『来たな』とばかりににんまりして、

「私どもが民革軍のビラを便所に持っていったからです。尻吹き紙としてね」

 また、豪快な笑いが起こった。