火織譚〔ほおりばなし〕2話――統君

 あの時は軍省を味方につけるしかなかった。

 かつて宗主国だった紳〔しん〕が西方諸帝国に蹂躙され、旧王府が混迷を極めるなか、父王が崩御した。

 自分がお飾りの女王に担がれるのは明らかだった。

 そんな茶番に付き合う気はなかった。

 いまでもあの軍人たちの瞠目をありありと思い出せる。

『自分はこの国に身を捧げる。この短髪をもって知れ』

 長く伸ばしていた、自慢の種だった、男にも女にも自慢できる髪を、その場でざくざく鋏〔はさみ〕で切り落とした。

 背の低い、か細い、気弱だった自分にしてはよくやったと思う。

 あのとき、軍人たちの心をつかんだ手ごたえが確かにあった。

 その後、厭でも心がたくましくなるにつれ、軍人たちの忠誠も堅いものとなった。

 あの騒ぎのさなか、まず王の称号を廃し「統君〔とうくん〕」と名乗ることから始めた。

 火織が独立国家であることを内外に知らしめるためだ。

 旧王府を「統府〔とうふ〕」と「神府〔しんぷ〕」に二分し、無能でぜいたく好きの連中、つまり貴族どもを神府に押し込めた。

 やつらのぜいたくをほどほどに許してやり、形ばかりの称号を与えて慢心させた。

 自分が粗衣粗食に甘んじて見せ、文句をいう口を封じた。

 いま、こうして夜明けまで寝ていられるのも、国内の騒乱がようやく収まりつつあるからだ。

 あの頃は三日三晩寝ずに執務することなどざらだった。

 朝餉代わりの茶を啜る。

 少し熱すぎたが文句をいうだけ余計な手間がかかってしまう。

 そして、じっくり、なめるように朝の報せ書き〔あさのしらせがき〕を読む。

 夢岸〔ゆめぎし〕からもたらされる、あらゆる報せ事を吟味し、一文字たりとも無駄にせずまとめたのが、この数枚の朝の報せ書きだ。

 かつて報せ所はひとつしかなかった。

 明らかに歴代の王たちの怠慢だ。

 分所を各省に置いたとたん、報せ事がいかに各省のなかで無碍にされていたかがわかった。

 それらをすくい上げることはもちろん大切だ。

 だが、愉快なことばかり書かれているわけではない。

 むしろため息をつきたくなるような報せ事ばかりだ。

 西方諸帝国のなかでも雷纏〔らてん〕帝国が率先してその他帝国と組んでいること。

 民革軍の勢いがいよいよ増してきたこと。

 もちろん、民革軍と西方諸帝国が手を結ぶのは火を見るよりも明らかだ。

 すべての判断は、今日の軍議、ひいては自分の最終決断にかかっている。

 椀の底に残っていた茶を飲み干し、細くため息をつく。

 ごく内密に憂戦の布令を出してから初めての軍議だ。

 この国難にあって、少しでも出遅れたら、火織は終わる。

 今日話し合うことは要するにその一言に尽きた。