あの時は軍省を味方につけるしかなかった。
かつて宗主国だった紳〔しん〕が西方諸帝国に蹂躙され、旧王府が混迷を極めるなか、父王が崩御した。
自分がお飾りの女王に担がれるのは明らかだった。
そんな茶番に付き合う気はなかった。
いまでもあの軍人たちの瞠目をありありと思い出せる。
『自分はこの国に身を捧げる。この短髪をもって知れ』
長く伸ばしていた、自慢の種だった、男にも女にも自慢できる髪を、その場でざくざく鋏〔はさみ〕で切り落とした。
背の低い、か細い、気弱だった自分にしてはよくやったと思う。
あのとき、軍人たちの心をつかんだ手ごたえが確かにあった。
その後、厭でも心がたくましくなるにつれ、軍人たちの忠誠も堅いものとなった。
あの騒ぎのさなか、まず王の称号を廃し「統君〔とうくん〕」と名乗ることから始めた。
火織が独立国家であることを内外に知らしめるためだ。
旧王府を「統府〔とうふ〕」と「神府〔しんぷ〕」に二分し、無能でぜいたく好きの連中、つまり貴族どもを神府に押し込めた。
やつらのぜいたくをほどほどに許してやり、形ばかりの称号を与えて慢心させた。
自分が粗衣粗食に甘んじて見せ、文句をいう口を封じた。
いま、こうして夜明けまで寝ていられるのも、国内の騒乱がようやく収まりつつあるからだ。
あの頃は三日三晩寝ずに執務することなどざらだった。
朝餉代わりの茶を啜る。
少し熱すぎたが文句をいうだけ余計な手間がかかってしまう。
そして、じっくり、なめるように朝の報せ書き〔あさのしらせがき〕を読む。
夢岸〔ゆめぎし〕からもたらされる、あらゆる報せ事を吟味し、一文字たりとも無駄にせずまとめたのが、この数枚の朝の報せ書きだ。
かつて報せ所はひとつしかなかった。
明らかに歴代の王たちの怠慢だ。
分所を各省に置いたとたん、報せ事がいかに各省のなかで無碍にされていたかがわかった。
それらをすくい上げることはもちろん大切だ。
だが、愉快なことばかり書かれているわけではない。
むしろため息をつきたくなるような報せ事ばかりだ。
西方諸帝国のなかでも雷纏〔らてん〕帝国が率先してその他帝国と組んでいること。
民革軍の勢いがいよいよ増してきたこと。
もちろん、民革軍と西方諸帝国が手を結ぶのは火を見るよりも明らかだ。
すべての判断は、今日の軍議、ひいては自分の最終決断にかかっている。
椀の底に残っていた茶を飲み干し、細くため息をつく。
ごく内密に憂戦の布令を出してから初めての軍議だ。
この国難にあって、少しでも出遅れたら、火織は終わる。
今日話し合うことは要するにその一言に尽きた。