火織譚

火織譚〔ほおりばなし〕5話――『さくら』(上)

 この季節は水浴びが心地いい。 濡れて肌にまとわりつく帷子〔かたびら〕もあっという間に乾いてしまう。 帷子を着替えず、日差しが水気を飛ばすのに任せて井戸端に腰を下ろす。 この井戸は支茂瀬〔しもせ〕の端にある。 私の住むぼろ屋の目と鼻の先、庭…

火織譚〔ほおりばなし〕4話――神府長

 悔しさに悶えて、幾度眠れぬ夜を過ごしたか知れない。 幾度、神々に米氣〔さけ〕を捧げ、みずからも酔いしれたか知れない。 神々は黙したままだった。 それどころか、あの統君と名乗る女にばかり味方するかのようだった。 もう神々は頼りにならない。 …

火織譚〔ほおりばなし〕3話――蒼丞

 夢岸が商いの喧騒を響かせ、荒鏑が工場の熱気で賑わうとしたら、この国の都、邑咲は、絢爛に華やいでいるとしか言い表せない。 人々は思い思いの装いをして、揚げ菓子や団子を歩き食いし、この間出来たばかりの百貨店を冷やかす。 夜になれば、酒を飲みな…

火織譚〔ほおりばなし〕2話――統君

 あの時は軍省を味方につけるしかなかった。 かつて宗主国だった紳〔しん〕が西方諸帝国に蹂躙され、旧王府が混迷を極めるなか、父王が崩御した。 自分がお飾りの女王に担がれるのは明らかだった。 そんな茶番に付き合う気はなかった。 いまでもあの軍人…

火織譚〔ほおりばなし〕1話――蒼丞

 近年、ずいぶん蒸気船が増えた。 生きて国に帰れる船員も多くなった。 商船の中継ぎの国、火織国の夢岸港はいままでにないほどの活気を呈している。 そこらを見渡しても、誰が火織人の人夫で誰が異国の船乗りなのか、一目では見分けがつかない。 火織王…