「幸せとは何ぞや」「こうすれば幸せになれまっせ」という類の啓発書が掃いて捨てるほど出版されている。
それだけ大勢の人が悩んでいるということですね。
幸せってホントになんなのか、わかる人いるのかな?
不幸とは何ぞや、ならほとんどの人が知っていると思いますが……
まあ、もし自分の志す道を歩めるのなら、それは幸せなことだと思う。
僕自身、特定技能実習生に『介護の日本語』を教える日本語教員になりたいと思っていて、日々コツコツとではあるが研鑽を積んでいる。
もちろん、疲れる。
単なる疲労ならばシャワーや風呂にでも浴びて寝てしまえば済むことではある。
ところが、困ったことに、疲れがこびりついてしまった。
中年の危機の新たな局面だ。
いまの状態を説明するのはちょっと難しい。
疲れがこびりついて取れない、としか言い表しようがない。
「求めないひと時」がいまの僕には必要だ。
そんなわけで、あるお寺さんでやっている毎週日曜の座禅会に参禅しようと思っている。
いままで我流のマインドフルネスをやってはいたが、限界がある。
そこで、マインドフルネスの源流でもある禅の力を借りようと思い立った。
もっといえば仏教の力ということになる。
安泰寺さんという、禅宗では有名なお寺さんがあるそうで、そこのサイトには「追い求めることを辞めなさい」と書かれている。
それを思い出した瞬間、坐らないという選択肢がなくなった。
求めすぎると疲れる。
かといって一切求めなくなると生活が成り立たなくなる。
そこで間を取ったともいえる。
浅学ゆえ詳しいことは分からないけど、仏教修行として坐るのが座禅、科学的に取り組むのがマインドフルネス、ということだと思う。
曲がりなりにも仏教修行なので自己流でやるわけにはいかない。
ひょっとしたら、お坊さんに人生相談なぞするかも知れませんしね。
ちなみに、家の菩提寺は浄土真宗なので違う宗派のお寺さんに伺うことになる。
参禅のことは言っていない。
まあ、あの御住職さんなら「へえ、いいんじゃない?」って言ってくれるだろう。
いずれにしても、年が明けてからの話だ。
せっかくの座禅も、この汚い部屋で寝起きしていては台無しになってしまいますので(笑)
求めすぎないために、必ずしも坐る必要はないと思う。
ひょっとしたら生活を丁寧にするだけで解決するかもしれない。
禅だの仏教だの言っておきながらけっこう雑に暮らしておりますゆえ(笑)
そんなことを考えて駄文を連ねる年の瀬を過ごしております。
ちょっと早いですが、読んでくださっている皆様、よいお年を!
